T01|Think|思考の法則
成功した経験は、大きな財産です。一度うまくいった方法があれば、次に似た問題に出会ったとき、その経験を使おうとするのは自然なことです。
私もそうでした。
以前勤めていた会社で、在庫削減に取り組んだことがあります。当時、会社には約500億円もの在庫がありました。在庫は商品であると同時に、お金が姿を変えたものでもあります。在庫が増えれば、それだけ資金がそこに固定されます。
そこで、在庫の持ち方を見直しました。その結果、約500億円あった在庫を、約200億円まで減らすことができました。会社の資金効率も改善しました。大きな成果でした。
そして、この成功体験が、私の中に一つの「正解」をつくりました。
在庫は減らした方がいい。
そう考えるようになったのです。
同じ提案を、別の組織でもしてみた
その後、私は別の組織で仕事をすることになりました。そこでも、多くの在庫を抱えていました。
私は当然のように考えました。
「これは改善できる」
以前の会社で実際に成果を出しています。考え方だけではありません。実績があります。在庫を減らせば、資金効率がよくなる。そのことも数字で説明できます。
そこで、在庫を減らす提案をしました。
ところが、動きませんでした。
強く反対されたわけではありません。
「そんなことをする必要はない」と否定されたわけでもありません。
話を聞いてもらえなかったわけでもありません。
それでも、実行されませんでした。
正しいのに、なぜ動かないのか
最初は不思議でした。以前の会社では成果が出た。数字でも説明できる。理屈としても間違っていない。
それなのに、なぜこの組織では動かないのか。
そこで初めて、自分の成功体験そのものを疑う必要があることに気づきました。
二つの組織では、置かれている状況が違っていました。
在庫に対する考え方も違います。資金効率を改善することへの切迫感も違います。組織の文化も、意思決定の仕組みも違います。
以前の会社で重要だったことが、次の組織でも同じように重要だとは限らなかったのです。
私は、
「在庫を減らすべきだ」
という答えを、知らないうちに持ち込んでいました。
成功すると、答えを知っている気になる
失敗した方法を、もう一度そのまま使う人はあまりいません。
失敗すれば、
「何が悪かったのだろう」
と考えます。
ところが成功すると、逆のことが起こります。
「この方法は正しかった」
と思います。
もちろん、その判断自体は間違いではありません。
問題は、
「あのとき正しかった」が、「今回も正しい」に変わってしまうことです。
成功した方法には説得力があります。
数字もある。
経験もある。
場合によっては、自信もあります。
だからこそ疑いにくいのです。
成功体験は、自分を助けてくれる経験であると同時に、自分の考え方を固定する力も持っています。
方法ではなく、なぜ成功したのかを見る
だから私は、過去の成功事例を見るとき、方法だけを持ってこないようにしています。
「何をしたら成功したか」だけではなく、
「なぜ、そのときは成功したのか」
を考えます。
その会社だったから成功したのか。
その時期だったから成功したのか。
経営者が強く必要としていたからなのか。
担当者が動ける環境だったからなのか。
顧客が求めていたからなのか。
別の条件が重なった結果なのか。
成功した方法だけを切り取れば、再現できそうに見えます。しかし、成功を生んだ条件まで見ると、同じ状況はほとんどありません。
成功事例から学ぶべきなのは、答えではなく、答えが成立した条件なのです。
「反対されない」と「動く」は違う
もう一つ、この経験から学んだことがあります。
提案に反対されなかったからといって、その提案が受け入れられたとは限りません。
会議で、
「なるほど」
「その通りですね」
「検討しましょう」
と言われることがあります。
しかし、その後、何も起こらない。
これは珍しいことではありません。提案する側は、反対されなければ、ある程度理解してもらえたと思いがちです。
けれども、
反対されないことと、相手が動くことは別です。
正しいことを説明できたかではなく、その組織にとって「今、それをする意味」があるのか。
そこまで考えなければ、提案は行動につながりません。
成功体験を捨てる必要はない
だからといって、過去の成功体験を捨てる必要はありません。
500億円の在庫を200億円まで減らした経験は、今でも私にとって大切な経験です。
その経験があるから、在庫を見る視点も持てます。
数字を見ることもできます。
改善の方法も考えられます。
ただし、それをそのまま次の相手への答えにしてはいけない。
成功体験は、
「こうすればうまくいく」という答えではなく、「こういう可能性もある」という仮説として使う。
そのくらいがちょうどいいのだと思います。
FindからThinkへ
Findでは、相手の中にある課題や価値、現場の事実を探してきました。
しかし、せっかく見つけたものも、自分の過去の経験だけで解釈してしまえば、新しい答えにはたどり着けません。
見つけたものを前にして、
「自分は、こう思い込んでいないか」
と考える。
ここからThinkが始まります。
経験が増えるほど、使える引き出しは増えます。
同時に、
「以前はこれでうまくいった」
という引き出しも増えていきます。
だからこそ、経験を積んだ人ほど、ときどき自分の成功を疑う必要があります。
成功体験を疑え
成功体験は、次の提案を考えるための大切な材料です。
しかし、過去の正解を、目の前の相手の正解にしてはいけない。
成功から答えを持ってくるのではなく、成功から学び、もう一度考える。
それが、私が提案するときに大切にしていることです。
提案の成長スパイラル:Think|思考
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