3分間の出来事

山の手線に飛び乗った。 
予定の新幹線にギリギリ間に合いそうだ。
あいかわらず車内は混んでいて押されるままに座席の前に進みボクは吊り革につかまった。

席を見下ろすと、正面に20代くらいのぽっちゃりとした丸顔の女性がスマホを見ていた。
その隣には30代くらいの眼鏡を掛けた細面の女性が同じようにスマホを見ている。

ボクの右横にはスマホでゲームに興じている若い男性がいる。
左横の吊り革には、なぜか誰もいなくてぽっかりと空いている。
ボクの大きなカバンが邪魔なのかもしれない。
みんなスマホか。見慣れた光景だ。

乗客を閉じ込めるようにしてドアが締まり電車が走り出す。
午後6時前なのに車窓から見る風景は暗闇に近い。

ふと下を見ると、丸顔の女性はバッグの中から何かを取り出そうとしてペットボトルを自分の膝に乗せた。

瞬間、ペットボトルは膝からつつ〜とキャップを下にして滑り始めた。
本人は慌てて片手で掴もうとしたが、手の下をすり抜けたペットボトルは運悪くキャップも外れて液体をまき散らしながら床にボトンと鈍い音を立てて落ちた。

アッと言いながら、すぐさまペットボトルを拾い上げた。
女性はスマホをカバンに放り込むとすぐさまハンカチを取り出して隣の女性にすみませんと足にかかった水を拭き取ろうとする。

眼鏡の女性は、別に怒った風でもなく、「いえ、大丈夫ですよ」と自分のハンカチで、わずかにかかったふくらはぎをちょんちょんとふく。
私の足元には直径30センチほどのミネラルウォーターの水たまりができている。半歩下がった。

こわばった表情の丸顔の女性は、私を見上げながら小さくすみませんといいながら、残りのキャップを拾い上げて水がかかりませんでしたかとボクの脚を見た。
何の被害もない。大丈夫ですよと答える。

床に目を転じた丸顔の女性は、自分のバッグからティシュを取りだそうしたが焦って取り出 せない。
そういえば、配られたティシュが左ポケットにあったはず。
駅で配っていたものだからと断ってティシュを差し出した。あっ、すみませんと受け取ってすぐに床を拭き始めた。

すると、ボクの右隣に立っていた若い男性がバッグのなかからティシュを取り出すと、しゃがみ込んで手を伸ばしていっしょになって拭き始めた。
いつのまにか彼のスマホは手元にはない。

ボクは一瞬ためらったが、狭い空間で、目の前の女性の足元に屈みこむのは無理があると思いそのまま見守った。
みるみる水分を含んだティシュの山が出来上がる。

眼鏡の女性が透明な袋をさっと取り出して、ここに入れてくださいといった。
おおっ、やるなっ。というボクの目とあった眼鏡の女性は、ニコッと笑って、子供がいるので必須ですと答えた。

床を拭いていた若い男性も負けずとカバンからスーパーの袋を取り出してこれにどうぞと力強く差し出す。
丸顔の女性は、どちらを選べばよいのかためらったが、しゃがみこんだ騎士の袋を手にとった。

車両はガクンガクンと減速を始め、車掌が駅への到着を知らせる。

床は何事もなかったようになり、ティシュをいれた袋を手にとった丸顔女性は周りにありがとうございましたと礼をいった。
ボクはニッコリと笑った。
あいかわらず車内は混雑しているがそこだけ4人の空間ができている。

大きく揺れるのと同時に、乗客が開くドアに向きはじめる。
さあ、降りよう。ドアのほうを向く。あの人たちも降りるかもしれない。

乗客に押されるままに、わずかな連帯感を残したままホームへ出た。